『もう死んでもいい』

『死にたい』

こんな言葉を何回も聴いたことがある. 一度自分で死にかけた人が初めてこう言ったとき, 僕はあわててそんな事言っちゃダメだといった. 『ううん, ちがうの, ホントにもう死んでもいいの』あまりにマジな顔でそういうので, 僕はしばらくその子が何をいいたいのかわからず, 僕はその時, モノを考えられなくなってしまった. これは, 人生に戦いを挑む前に逃亡した人の, あの「死んでもいい」ではない. ではこれは何だ? 彼女はまるで, 初めてモンシロチョウを見つけた子供が, その場所を母親に教える時するような顔をしていたので, 何となくわかった. 人が同じ言葉を発するとき, それは違う感情で析出することもあるのだ.
そう思って僕は, いいよ, といった.
その子の事は, 最初, 好きではなかった. 好きでなかったのにセックスした. とにかくやりたかったから. でも好きになった. セックスしているうちに好きになった. その子はどんどん感じるようになり, どんどん綺麗になってった. 胸は大きくなり, 腰はくびれ, T シャツ姿が女らしくなった. おしりは後ろに付き出し, スカートが似合うようになった. 化粧はまるで上手くならなかったけど, さっぱりした綺麗な顔と, 黒髪の似合うポニーテールが好きだった.

僕が上手かったからとか下手だとか, ペニスが大きかったとか小さかったとかはあんまり関係ない. 関係あったとしても, 形が合っていたとか, 相性が良かったとか, ヤッてる時はそんなことどうでもよくなってた. 「セックスに一般論なんてあるか? この一瞬の火花がすべてなのに」. 二人の世界というのはこうやって作るのかと思った. 彼女は少しずつ積極的になり, 同時に僕も気持ちよくなっていった. 最初クリトリスでイキ, その後中で初めてイッた. その後, クリトリスで何回もイクようになり, 中でも数え切れないほどイクようになった. 僕が射精するまで, 彼女はイキ続けた. 僕は射精の後, 体を震わせた. 二人共動物になってた. 僕が復活してまた動きだすと, また彼女はイキ続けた. 一晩中, 彼女はイキ続けた.
彼女はイクと, まず喘ぎ声が止まる. 手足が痙攣し, そして上げていた手から力が抜け「パタン」という音をたててベットに落ちる. 目は閉じて, どこか別の世界にいってしまっているようになる.
一晩, 二晩, 会えないと, 電話の声が荒くなる. そういう時はテレホンセックスになる. 電話でも数え切れないほどした. 言葉責めと同時に, 二人, 電話ごしに喘ぐ. 「どうしてそんなに淫乱なの? 」「あなたがこうしたんだよ」. 「もしこれを録音して, 他の人に聴かせたらどう思うだろう」. 文学的表現とは程遠い, でもお互いを開放させる言葉を変わしあう. 電話で彼女がイッている間に, 僕も射精する.

そんな生活の中, あるセックスで, 彼女は「もう死んでもいい」といった. 僕は「いいよ」といった.

セックスは所詮肉体のものであり, 年老いれば出来なくなる, 弱くなる. セックスが良ければ人生が良くなるわけでもないし, 周りの人間は変わらない. 空も変わらない. 同じように世界は動く. でも何かぼんやりとしたものが埋まったように, 意識が包まれて, それから僕は何でも出来るようになった. 彼女は街で, 自信を持って歩けるようになった. あれほど悩んでいた痴漢も, 寄ってこなくなった.

別れた後も, 彼女は普通に生きているし, 僕も普通に生きている.